メンバー
Vision/Mission/valueをともにし課題解決を目指して活動する結び手メンバー
Vision/Mission/valueをともにし課題解決を目指して活動する結び手メンバー
Board members
福岡 洸太郎
代表理事
インド法人代表理事、日本法人代表理事
理事
日本法人の管理、事業統括
野口 覚司
理事
公認会計士として経理財務周りを統括
Musubi-Te Foundation Members
インドの現場で日々奮闘する結び手メンバー
Bakrour村出身、1990年に農家の家庭に生まれました。幼い頃は、雨季に学校へ行くために川を渡るのに苦労したと語ります。政府系の学校を卒業後Magada University Bodhgayaにて2年間歴史学を勉強しました。ガイドの仕事をしながら学費を稼ぎました。現在は結び手の活動にも協力しながら、女性自立支援のための裁縫プロジェクトやマイクロファイナンスの運営を行っています。仕事につけなかったり騙されたり汚職が流行ったりする現実を見て活動を続ける。教育は社会を変えると考えている。
2001年5月4日にMuhuyt村に生まれました。幼い頃から歌が得意で、披露してお金をもらうこともあります。初等教育では、ブッタガヤにて公立と私立両方の学校を経験しました。現在は大学に入学するために勉強中です。公立学校の先生になることが夢です。2023年から結び手の先生としての活動を始めました。村のすべての子供が教育を受けることが目標です。
1997年2月15日Kujapi村に生まれました。10年間政府系の学校で学んだ後、ガヤにある大学で 5年間小学について学びました。教えることが好きで、2年間先生の養成学校で学ぶと同時に、自宅にで子供たちに勉強を教えていました。2023年9月から結び手の教室で先生を始めました。将来は自分自身のワンダフルな学校を建ててたくさんの子供たちに勉強を教えたいと考えています。
2000年にGulni村で生まれました。大学では5年間物理を専攻しました。将来は公立学校の先生になりたいと思っています。幼い頃は多くの学生を助けるために市長になりたいと考えていました。村の一部の人々が子供への教育にお金を使ったことで村が少しずつ良くなっていくのを目の当たりにし、先生になろうと思いました。教育によって生徒たちが良い人、成功した人になってほしいと願っています。
2005年10月10日にBatasupur村に農家の子供として生まれました。10年間の初等教育を終えた後、5年間公立の大学で政治学を学びました。現在は、軍人になるために勉強しています。2023年に結び手の教室で教え始め、子供たちを助けることに幸福を感じています。将来は、村長になりコミュニティを発展させたいと考えています。
2001年1月1日にDurbey村に生まれました。10年間の初等教育を終え、現在大学で歴史学を専攻しています。教えることが好きで、卒業後は政府系の学校の先生になりたいそうです。小さい頃は警察になることが夢でした。この村から最寄りの学校まではとても遠く、学校に通えない子供がたくさんいます。勉強がしたい、勉強をしてほしい子供たちや親たちの願いがあり、2024年からこの教室で先生を始めました。
1995年1月3日にItra村に農家の子供として生まれました。幼少期は無償で通えるNGOの学校で学びました。大学では数学を専攻していました。現在は結び手を含む3つの教室で先生をしながら、先生養成学校へ通っています。2017年から教育活動を開始、2022年から結び手と共に活動しています。大きくて質の高い無償の学校を開校することが夢です。
2004年2月2日にTuri Buzurg村で農家の子供として生まれました。8~15歳までは、教育を受けるためにブッタガヤの叔父の家に住んでいました。学費を払うために、お寺で使う蝋燭を作るバイトをしています。2024年に大学を卒業し、今は職を得るために準備中です。村の子供たちに対して教育活動を行っていたが経済的な困難に直面していたところ、結び手と出会い、2023年に活動が再開しました。2024年に第一子が誕生しました。
2006年8月5日にMoratal村で生まれました。現在は12年生で数学をメインに学習しています。政府系の学校と私立の学校に同時に通っています。大学を卒業したら、子供たちに質の良い教育を提供するために政府系の学校の先生になりたいと考えています。受け持つ子供の多さや暑い日や雨の日の学習環境に困難を感じつつも、一年以上結び手の先生を務め、大学費用の充てにしています。
2004年3月9日にJarhara村で生まれました。1年生から12年生まで政府系の学校で学び、現在は畑仕事と結び手での教育活動を行っています。村には毎日遊んでいるだけで教育を受けたことがない子供がたくさんいる。教育を受けた身として、子供のよりよい未来のために自分の知識をシェアしたいと思い、半年前に先生としての活動を始めました。将来は先生になるための学校に通い、学校の先生になることが夢です。
1978年2月7日にSujata村で生まれました。政府系の学校を卒業後、大学で5年間商業を学びました。卒業後、5年間昼間は公共の学校で先生、夜間はホテルのスタッフという生活を続けていました。当然の権利であるはずの教育を受けられていない子供たちが町にあふれているのを見て、2004年、無償教室の開校を決意。以降少しずつ規模を広げていき、現在のAozora教室となっています。
Tinkuという名は実は呼びやすいようにつけられたあだ名であり、本名をShambhu Narayan Sharanと言います。1978年3月20日にSlapur村で生まれました。
Aomo College Gayaで歴史を学びました。卒業後はチャイを売る小規模なビジネスを行い、2006年からAozoraの先生を始めました。彼はAoaora創設者の一人です。特に数学と理科を教えることが好きです。Aozoraが少しずつより明るい未来に向かって成長してほしいと願っています。
Chhanch村で生まれましたがAozoraで育ちました。戸籍所の誕生日は1996年5月16日ですが、ある日突然火事で家が燃えてしまったため、本当の誕生日はわかりません。7,8歳の時からAozoraで暮らし、食べ、寝、勉強してきました。2016年から3年間、デリーでスペイン語を学習しました。帰省後は自分の能力を生かしたいと思い2022年からAozoraの先生を始めました。今教育を受けられていない近所の子供にも学校に来てほしいと考えています。
1999年5月5日にHashnpur村で生まれました。10年間政府系の学校に通った後、Shakya Muni Cloje Bobhで歴史や地理、経済等を学びました。大学在籍中に結婚しAozoraがあるHathiyar村に移住し、2024年2月に先生としての活動を始めました。3人の息子と夫と共に暮らしています。家族を養いたいと思いこの仕事を始めました。今後、子供たちの知識を増やしていくとともに自身の教えるスキルも高めていきたいと考えています。
1995年3月20日にGaffa村で生まれました。10年間政府系の学校に通った後、私立の大学で歴史やヒンディー、英語などを学びました。卒業後、デリーで一年間中国語の勉強をしました。帰省後、たくさんの問題を抱えている村を見て社会にいいことをしようと思うようになりました。ゴミ拾いの活動やサッカーを子供に教える活動などをした後、4年前から先生としての活動を始めました。教育は常に人を良い方向に変えることが出来ると考えています。
1998年にKanousi村に農家の子として生まれました。村の未来を憂慮した両親は引っ越すことを決め、家族みんなでガヤに家を建てました。大学では物理を専攻し、学費を自分で稼ぎました。立正佼成会という団体から支援を受け2019年から2年間、日本で日本語を学びました。インド人口の70%は下位カーストであり、彼らが教育を受けられない限り、国がよりよくなることはできないと考えています。
Shoba Bigha村で生まれ育ちました。幼い頃、毎日道が整備されていない片道3.5㎞程の距離を徒歩で通学。学校では先生が学校や授業に来ないなど、教育を受けるために多くの越えなければならない障害にぶつかってきました。自分自身の経験から、村の子どもたちに教育を受けられる機会を作りたいと思い、村で学校の先生として活躍しています。
2008年1月14日に生まれました。初等教育を終了し、現在ガヤの大学で数学を専攻しています。貧困から抜け出すには教育が必要不可欠だと考え、また自身が質の悪い教育を受けたことから、2024年に結び手での教育活動を始めました。将来の目標は政府系の学校の先生になることです。
2007年6月14日に生まれました。幼少期は、木登りやクリケットなど外でたくさん遊びながら育ちました。初等教育を終えた後、大学で数学を専攻しました。学校への距離や金銭的な問題など村が抱える教育の問題を見て結び手の教室に参加することを決めました。自身が質の悪い教育を受けた経験から、将来は政府系の学校の先生になることが目標です。
2007年8月12日に生まれました。10年間の初等教育を終えた後、大学で生物を専攻しました。お金を稼ぐため、また、村の子供たちに教育を提供するため、2025年から教育活動に参加しました。村には医療を受けられる機会がないため、将来は医者になることが夢です。
2005年3月9日にTuri Buzurg村で農家の家に生まれました。7年生の時に家族の支援を受け、質の悪い政府運営の学校から日本人が運営する学校へ転校しました。新しい学校にはたくさんの本と広いグラウンドがあったそうです。2023年から結び手の先生として活動しています。勉強をしたらよい仕事に就けると子供たちに示すために警察になることを目指しています。
2005年5月1日にMahuyt村で生まれました。両親と兄の4人家族で、父親はドライバーをしています。幼い頃から電機関連機器に関心があり、電気周りが故障した際は彼が直していました。一度ブッタガヤへ引っ越し、15歳の時に再びMahuyt村に戻ってきました。2023年から、お金を稼ぐために結び手の先生の活動を始めました。将来は軍に所属したいと考えています。
2003年4月8日にグンガリア村で生まれました。両親と姉、2人の弟の6人家族です。読書と教えること、料理が趣味です。現在は公立の大学で地理を専攻しており、2026年卒業予定です。卒業したら政府系学校の先生ににあることが夢です。教えることが好きで、2023年に結び手の先生として活動を始めました。生徒たちには自分を超えてほしいと思っています。
2004年8月1日にBagdaga村に農家の子供として生まれました。12年間同村の公立学校に通い、大学では地理を専攻しましたが、交通手段や情報収集の関係でまだ卒業できていません。2022年に結婚し、Ganga Bigha村の夫の実家で暮らし始めました。2023年に結び手の先生として仕事を始めました。将来は、政府系の仕事で、教師か警察になりたいそうです。
1978年6月29日にKanausi村に生まれました。彼は家庭内で初めて教育を受けた人間であり、大学では理科を専攻しました。2001年に卒業し、ブッタガヤで4年間社会福祉を学びました。2009年に私立学校で教師を始めました。2023年に結び手の先生としての活動を始め、この仕事を「とても美しい仕事」と表現しています。妻と11歳の息子と3人で暮らしています。
1995年12月5日にNawadaで生まれました。2015年に結婚しKasthuaに来て、3人の子供がいます。7歳の時に警察官だった父親が亡くなり、兄が父の職業を引き継ぎました。1から12年生まで政府系の学校に通い、その後も勉強を続けたかったが、旦那からのサポートを得ることが出来ずに断念。2023年から、自分の子供たちに勉強を教える延長で教育活動を開始しました。将来は政府系学校の先生になりたいと思っています。
2005年10月2日にTuri Buzurg村に農家の子供として生まれました。Harshさんの妹です。1年生から政府系の学校に通い、現在12年生です。幼少期は外遊びが大好きでした。子供たちに教えることで自身も知識を身に着けることが出来るし、大学費も稼ぐことが出来るため、先生の活動を始めました。身長が高いため、将来は警察になろうとしています。
Partners & Interns
元橋 一輝
リサーチャー
東京大学法学部、公共政策大学院修了
タフツ大学 博士号(PhD in Economics and Public Policy)
一橋大学社会科学高等研究院特任講師
佐藤 賢紀
弁護士
東北大学法学部、東京都立大学法科大学院、弁護士(日本法)
2010年の弁護士登録後、都内法律事務所にて勤務。コーポレート案件や、裁判等を中心に執務。インド駐在経験。
学生インターン
結び手では、日本全国の大学から学生のインターンを招き参画いただいています。研究調査事業、現地での教育支援や貧困課題解決プロジェクトなどに取り組んでいます。
【在籍大学】東京大学、京都大学、筑波大学、大阪大学、慶應義塾大学、東洋大学ほか
Special Advisor
スーパー30とは?
インドビハール州のパトナにて2003年から教育活動を実施するプロジェクト。貧困を理由に勉強することができない優秀な生徒を毎年30名集め、教育・宿・食事を無料で提供。インド最難関のIIT(インド工科大学)への合格率は90%を超えており、東京大学へ入学した生徒も複数。
スーパー30アナンド氏と代表理事福岡とは定期的に教育に関して議論し、意見を共有し、同じ目的のもと活動する同志。